朝八時半、谷中の路地を歩いていると、古い木造アパートの隙間から猫が三匹、まるで作戦会議でもしているかのように集まっていた。一匹がこちらをちらりと見て、まるで「観光客か、また」とでも言いたげな表情をする。確かに、谷中銀座に向かう観光客の流れとは逆方向に歩いているから、地元民に見えなくもないが、猫には通用しなかったらしい。
細い路地の突き当たりに、「営業中」の札がぶら下がった小さな煎餅屋があった。ガラス戸を開けると、醤油と海苔の香ばしい匂いが一気に押し寄せてくる。店主らしき70代くらいの女性が、「いらっしゃい、どれにする?」と気さくに声をかけてくれた。「この海苔巻きせんべい、焼きたて?」と聞くと、「さっき焼いたばかりよ。熱いから気をつけてね」と笑顔で答えてくれる。袋を開けると、まだほんのり温かい。
実は、今日の散歩ルートは完全に間違えた。本当は根津神社に行くつもりだったのに、地図アプリを見ずに「なんとなくこっち」と歩いた結果、全然違う方向に来てしまった。でも、この間違いがなければ、あの煎餅屋には出会えなかっただろう。計画通りに歩くのも悪くないが、時には道を間違えることで、思いがけない発見がある。それが街歩きの面白さなのかもしれない。
途中、築地塀が続く古い寺の前で、若いカップルが「ここ、インスタ映えするよね」と話しながら写真を撮っていた。確かに絵になる風景だが、僕が惹かれたのは塀の向こうから聞こえる鳥の鳴き声と、石畳に落ちる木漏れ日の模様だった。画面越しに見る景色と、その場で感じる空気感は、やっぱり違う。
結局、三時間ほど歩いて、足の裏が少し痛くなってきた頃に、ようやく不忍池のほとりに辿り着いた。ベンチに座って煎餅を一枚取り出すと、目の前をカモが一列になって泳いでいく。「次はどこを歩こうか」そう考えながら煎餅を噛むと、醤油の味が口いっぱいに広がった。来週末は、今度こそちゃんと地図を見ながら歩くべきか、それとも、また気の向くままに迷ってみるべきか。
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