朝の光が原稿用紙の端を照らしている。白い余白が眩しい。書きかけの物語は、昨夜の途中で止まったままだ。主人公が橋の上で立ち止まって、川面を見下ろしている。そこから先が、どうしても見えない。
コーヒーを淹れ直して、もう一度ペンを持つ。主人公に何を言わせるべきか。何を思わせるべきか。川の音を書こうとして、消した。風の匂いを書こうとして、また消した。説明しすぎている。書けば書くほど、彼女から遠ざかっていく。
ふと、ペンを置いて窓を開ける。外から湿った空気が入ってきて、カーテンが少しだけ揺れた。遠くで鳥が鳴いている。何の鳥かはわからない。でも、その声は確かにそこにある。
それでいいのかもしれない、と思った。物語の中の川も、風も、音も。名前をつけず、説明せず、ただそこに在ることを書けばいい。読む人が自分の記憶で満たしてくれる余白を、残しておけばいい。
橋の上の彼女は、何も言わない。ただ欄干に手を置いて、下を見ている。それだけで十分かもしれない。次の一行は、明日また考えよう。
原稿用紙を閉じて、窓の外をもう一度見る。鳥の声は、もう聞こえない。でも、さっき確かに聞こえた。それは消えない。
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