窓の外で雨が降り始めた。最初は気づかないほど細かな音だったけれど、やがて屋根を叩く音が規則的なリズムを刻み始めた。私はノートを開いたまま、ペンを持つ手を止めていた。
書こうとしていた物語の主人公は、私と同じように雨の音を聞いている。違うのは、彼女が聞いているのは百年前の雨だということ。時代も場所も違う雨が、同じように誰かの屋根を叩いていた。その事実だけで、なぜか胸が詰まるような気持ちになった。
「雨の音って、昔から変わらないのかな」
声に出してみると、部屋の空気が少し動いた気がした。言葉は誰にも届かない。でも、問いかけること自体に意味があるような気がして、私はもう一度同じ言葉を繰り返した。今度は囁くように。
ペン先をノートに戻す。主人公に傘を持たせるか、それとも雨に濡れるままにさせるか。小さな選択だけれど、物語の色が変わる。濡れた髪から滴る雫の冷たさを書くか、傘の下で守られた乾いた世界を書くか。私は少し迷ってから、傘を持たせないことにした。
彼女は雨に濡れながら歩いている。髪から、肩から、指先から雫が落ちていく。でも彼女は走らない。ただゆっくりと、雨の中を歩き続ける。なぜなら——まだ理由は分からない。書き進めていけば、彼女が教えてくれるだろう。
外の雨は強くなっていた。私の手は動き続けている。物語はまだ終わらない。でも、いつか必ず終わる。その日まで、私は彼女と一緒に雨の中を歩いていく。
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