朝、窓際で古い詩集を開いた。しおりの代わりに挟まっていたのは、三年前に書き留めた走り書きだった。「雨の匂いは記憶の入り口」。当時の自分が何を考えていたのか、もう思い出せない。
その一行を眺めながら、コーヒーを淹れた。湯気が立ち上るのを見ていると、ふと気づいた。匂いと香りは同じものを指すのに、「雨の香り」と書くと途端に嘘っぽくなる。言葉にはそういう不思議な重力がある。文字の組み合わせひとつで、真実が真実でなくなる。
午後、ノートに短編の冒頭を書いた。主人公は図書館で働く女性で、返却された本に挟まれたメモを集めている。書いているうちに、彼女が私の朝の発見を代弁し始めた。「この人は『雨の匂い』と書いたけれど、本当は『雨の気配』と書きたかったのかもしれない」。
キャラクターが勝手に動き出す瞬間は、いつも少し怖い。私が書いているのか、書かされているのか、境界が曖昧になる。でもその曖昧さこそが、物語を書く理由なのかもしれない。
夕方、ベランダに出ると、本当に雨が降り始めていた。アスファルトに最初の一滴が落ちる音。それから少しずつ音が重なって、やがて街全体が水の音に包まれる。私は目を閉じて、この感覚を言葉にしようとした。
でも、しなかった。言葉にしない方がいいこともある。今日の雨は、ただ雨のままでいい。
ノートに戻って、図書館の女性の物語を続けた。彼女はメモを集めるだけで、それを誰かに見せることはない。それでいいのだと思った。すべての物語に読者が必要なわけではない。書くこと自体が、すでに完結している。
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