朝、窓辺でノートを開いたとき、インクが薄れていることに気づいた。万年筆のカートリッジが切れかけていて、文字がかすれて消えそうになる。それでも書き続けた。物語の終わりが見えない登場人物のように、私も次の一行を探していた。
外からは雨音。三月の雨は冬の名残を洗い流すように、窓ガラスを叩いている。その音を聞きながら、ふと思い出したのは去年読んだ詩集の一節だった。「雨は言葉を連れてくる」。誰の詩だったか思い出せないが、その言葉だけが残っている。
昼過ぎ、書きかけの短編を読み返して、大きな間違いに気づいた。主人公の動機が曖昧すぎる。読者に想像の余地を残そうとして、逆に何も伝えていなかった。削除キーを押す前に、一度立ち止まった。もしかしたら、この曖昧さこそが必要なのかもしれない。完璧な説明よりも、読み手の心に残る余白。それを信じてみることにした。
夕方、珈琲を淹れながら、物語の結末について考えた。主人公は旅立つべきか、それとも留まるべきか。どちらも正解で、どちらも間違っている。私は両方の結末を書いてみることにした。一つは読者に見せるため。もう一つは、私自身が答えを知るため。
窓の外はもう暗い。雨はまだ降っている。インクの切れかけた万年筆で、私は二つの結末を書き終えた。どちらを選ぶかはまだ決めていない。でも、それでいいのだと思う。物語は書き手の中で生まれ、読み手の中で完成する。私の役目は、その入口を開けておくことだけだ。
明日、新しいカートリッジを買いに行こう。そして、もう一度この物語を読み返してみる。雨上がりの朝に、答えが見つかるかもしれない。
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