朝、図書館へ向かう道で桜の蕾が少しずつ膨らんでいるのに気づいた。まだ開花には早いけれど、枝先に春の気配が宿っている。その淡い緑色を見ていたら、ふと江戸時代の暦の話を思い出した。
当時の人々は太陰太陽暦を使っていて、季節と暦のずれを調整するために閏月を入れていた。天文方の役人たちは、日食や月食の予測、暦の作成に心血を注いでいたという。渋川春海が『貞享暦』を作り上げたとき、それまで使われていた中国由来の暦よりも日本の実情に合った暦を初めて完成させた。彼は碁打ちから天文学者になった人物で、その執念と観察眼には驚かされる。
図書館で借りた本に、こんな一節があった。「暦とは、時間を可視化し、共同体が同じリズムで生きるための約束事である」。確かに、現代の私たちはグレゴリオ暦という西洋由来の暦を当たり前のように使っているけれど、それも一つの約束に過ぎない。季節感のずれや、旧暦の行事が新暦では意味をなさなくなっている現象を見ると、暦と文化は深く結びついていたのだと実感する。