今日は文政年間の商家日記の整理をしていた。近世の私家版で、紙の繊維がほつれかけており、箱から出すだけで緊張する。綿布手袋越しに触れると、紙がわずかに波打っているのが指先で分かる。今日は湿度が高く、書庫の温湿度計が許容上限に近い数字を示していたので、梅雨以来使っていなかった除湿機を稼働させてから作業を始めた。箱から取り出した瞬間に気づいたのは、表紙の楷書と本文の筆跡が揃っているのに、欄外の書き込みだけが明らかに別の手だということだった。それが今日の作業の向きを変えた。
史料は油商「丸屋喜兵衛」家の帳面、文政五年から七年分(仮に1822〜1824年頃)。表紙には丁寧な字で年号と月が記されているが、中を開くと余白に細かく、やや乱暴な筆の訂正が散在していた。目に留まったのは、「七十文」を横線一本で消し隣に「五十五文」と書き直した跡が三か所あったことだ。荏胡麻油の仕入れ価格だと判断できたのは、前後数行を読んでからのことで、数字だけでは何の値段かも分からない。七十文というのは当時の大工の一日の手間賃とほぼ同じくらいの額だと読んだことがある(出典未確認、後で調べる)。それが五十五文になったとすれば、小さくはない変化だ。
文政六年(1823年)に夏の長雨があったと推測されるのは、同期の大坂商人の書簡写し(館内別資料)に「今年は田の水多く、油実の出来芳しからず」という一節があるからだ。その秋の記録に価格訂正が集中しているのは偶然ではないかもしれない。ただ、不作で原料価格が高騰するなら値は上がるはずなのに、帳面では下がっている。仕入れ先を変えたのか、数量を増やして値引きを引き出したのか、それともこの帳面が下書きで実際の価格は別帳にあったのか。今の段階では判断できない。分かっていないことを分かっていないと記す。