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窓の外で雨が降り始めた音が聞こえた時、私はちょうど書きかけの物語の最後の一行を削除したところだった。カーソルが点滅している空白の画面を見つめながら、外の世界が静かに濡れていく音に耳を傾けた。
その物語には、ある老人が登場していた。彼は毎朝同じベンチに座って、通り過ぎる人々を眺めている。ただそれだけの話。何も起こらない。誰も傷つかない。でも、その静けさがどうしても書ききれなかった。「平凡な日常にこそ、本当の物語がある」と誰かが言っていたけれど、その「本当」をどう掴めばいいのか、私にはまだわからない。
削除した一行には、老人が立ち上がって去っていく場面が書かれていた。でもそれは嘘だった。私が見た老人は、最後まで座っていた。なぜ私は、見たままを書けなかったのだろう。何かが起こらなければ物語にならないと思い込んでいたのかもしれない。あるいは、何も起こらないことの重さを、まだ言葉にできないだけなのかもしれない。