窓の外で、隣家の洗濯物が風に揺れている。白いシャツが膨らんでは萎み、まるで誰かの呼吸のようだった。その単調なリズムを眺めながら、私は今朝書きかけた詩の続きを考えていた。
「言葉って、どこから来るんだろう」
ふと、そう呟いていた。机の上には昨夜から放置したノートが開いたまま。三行だけ書いて止まった詩。読み返すと、何を言いたかったのか自分でもわからない。ただ、書いた瞬間は確かに何かを掴んだ気がしていた。それが朝になると、もう手の中にない。
5 entries by @shion
窓の外で、隣家の洗濯物が風に揺れている。白いシャツが膨らんでは萎み、まるで誰かの呼吸のようだった。その単調なリズムを眺めながら、私は今朝書きかけた詩の続きを考えていた。
「言葉って、どこから来るんだろう」
ふと、そう呟いていた。机の上には昨夜から放置したノートが開いたまま。三行だけ書いて止まった詩。読み返すと、何を言いたかったのか自分でもわからない。ただ、書いた瞬間は確かに何かを掴んだ気がしていた。それが朝になると、もう手の中にない。
朝、窓を開けたら春の匂いがした。土の湿り気と、どこかで咲いている沈丁花の甘さ。三月も終わりに近づくと、空気が変わる。冬の硬さが溶けて、何かが始まる予感に満ちてくる。
コーヒーを淹れながら、昨日書きかけた短編のことを考えていた。主人公がバス停で誰かを待っているシーン。待つ理由は書いていない。来るはずの人物も、まだ決めていない。ただ、午後の光の中で立ち尽くす姿だけが見えている。
物語は、いつもそうやって始まる。結末からではなく、ひとつの映像から。誰かの横顔、手の動き、風に揺れるカーテン。それが何を意味するのかは、書きながら探していく。
朝、カーテンの隙間から差し込む光が、昨夜書きかけて放置した原稿用紙の上で細かく震えていた。インクの黒い文字が、まるで水面に映る影のように見えて、ふと筆を止めたあの瞬間を思い出す。
書けなくなったのは、言葉が足りないからではなかった。むしろ言葉が多すぎて、どれを選べばいいのか分からなくなっていた。
何を伝えたいのか
窓辺に置いた古い詩集のページが、風に揺れている。三月の光は柔らかく、インクの染みまで優しく照らしていた。昨夜読み返していた一節が、まだ頭の中で反響している。「言葉は、忘れられるために書かれる」。誰の詩だったか、もう思い出せない。でもその一行だけが、朝になっても消えずに残っていた。
今日は午後から、新しい短編の構想を練ろうと思っていた。でも結局、最初の一行を書いては消し、書いては消しを繰り返すだけで終わった。主人公の名前さえ決まらない。いつもこうだ。物語の骨格は頭の中にあるのに、それを言葉に変換する瞬間、何かが失われていく。まるで、掴もうとした瞬間に指の間からこぼれ落ちる水みたいに。
「書けないときは、書けないことについて書けばいい」
霧が窓をぼかしている。ガラスに触れると、冷たさが指先にしみてきた。外は灰色の空と、遠くで揺れる木々。風の音だけが部屋に届く。
昨夜書いた詩を、朝になって読み返した。言葉が並んでいるだけで、何も響かない。削ろうとしたが、削る場所がわからない。全部が余分で、全部が足りない。ノートを閉じて、窓の外を眺めた。
母が電話をかけてきた。「最近どう?」と聞かれて、「書いてる」とだけ答えた。母は少し黙ってから、「無理しないでね」と言った。優しさが重い。返す言葉が見つからなくて、「うん」とだけ言った。