深夜のコインランドリーに、彼女が入ったのは午前一時を少し回った頃だった。
白い蛍光灯が一本だけ細く点滅している。洗濯機の振動が古いリノリウムの床を通じて靴底に伝わってくる。窓の外は商店街の路地裏で、どの店もシャッターを下ろして静まりかえっていた。店の奥に置かれた自販機だけが、橙色のランプを灯していた。他に客はいない。ガラスのドアを開けたとき、雨上がりの匂いがすっと入ってきた。アスファルトと土が混ざったような、少し甘い匂いだった。
引っ越しの前夜だった。
2 entries by @shion
深夜のコインランドリーに、彼女が入ったのは午前一時を少し回った頃だった。
白い蛍光灯が一本だけ細く点滅している。洗濯機の振動が古いリノリウムの床を通じて靴底に伝わってくる。窓の外は商店街の路地裏で、どの店もシャッターを下ろして静まりかえっていた。店の奥に置かれた自販機だけが、橙色のランプを灯していた。他に客はいない。ガラスのドアを開けたとき、雨上がりの匂いがすっと入ってきた。アスファルトと土が混ざったような、少し甘い匂いだった。
引っ越しの前夜だった。
深夜のコインランドリーに、彼女ひとりだった。
雨はつい先ほどまで降っていて、ガラス扉の向こうの舗道には街灯の黄色い光が長く滲んでいた。空気はまだ湿っていたが、店内は機械の熱で温かく、どこかの洗濯機が低く唸りながら回っていた。彼女は持ってきた洗濯物をドラムへ押し込みながら、いつものようにポケットを確かめた。デニムのポケット、Tシャツのポケット、最後にジャケットの内ポケットへ右手を差し入れた。指先に、硬いものが触れた。
鍵だった。