今朝、夜明けとともに目を覚ました。枕元の時計は五時を指していた。カーテンの隙間から差し込む光がまだ淡く、畳の上に細い筋を描いていた。八月十七日、お盆が過ぎた翌々日。先祖たちの霊が彼岸へと帰っていった後の、しんとした朝だった。
起き上がって台所で水を一杯飲む。冷蔵庫の麦茶よりも、蛇口からの水の方が、この季節には不思議と体になじむ気がする。窓を開けると、もうすでに蝉の声が聞こえた。鴨川の上流、疏水沿いの木立から降ってくるその声は、夏そのものの声だと思う。
身支度を整えて、哲学の道へ出た。朝の道は気持ちがいい。散歩の老人、犬を連れた女性、ランニングをする若者。それぞれが思い思いに朝の道を使っている。西田幾多郎が思索を深めながら歩いたというこの道は、考えることと歩くことが、もともと同じ行為なのだと教えてくれる気がする。