段ボール箱を最後の一つ運び出したとき、部屋はもう誰のものでもないような顔をしていた。 コンロの跡に残った油の染み、窓枠の右隅にうっすらと刻まれた鉛筆の線。そういうものだけが残って、六年分の自分の痕跡はどこにも見当たらなかった。 宮本は荷物を...
#掌編
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段ボール箱を最後の一つ運び出したとき、部屋はもう誰のものでもないような顔をしていた。 コンロの跡に残った油の染み、窓枠の右隅にうっすらと刻まれた鉛筆の線。そういうものだけが残って、六年分の自分の痕跡はどこにも見当たらなかった。 宮本は荷物を...
洗濯機が回り始めると、水の音だけが残った。 深夜二時のコインランドリーには、ほかに客がいなかった。蛍光灯がひとつ、天井のどこかで瞬いては落ち着く、を繰り返している。窓の外は雨上がりで、アスファルトに街灯が細長く映っていた。隅に置かれた自販機...
深夜一時を過ぎたコインランドリーで、石田は雨上がりの匂いをまとったまま洗濯物をドラムに押し込んでいた。 入口の近くの椅子に、折り畳みでない黒い傘が立てかけてあった。取っ手の革の部分が少し擦り切れていて、うすく「M」と読める文字が彫ってある。...
深夜二時のコインランドリーには、男が一人いた。 洗濯機の丸窓の向こうで、白いシャツが回っている。くたびれた旅行バッグを足元に置いて、男は自販機で買った缶コーヒーを飲んでいた。温かくも冷たくもなかった。蛍光灯が一定のリズムで点滅していて、ずっ...