十月の初め、東京の空気がようやく秋の気配をまとい始めた週末。私は以前から気になっていた、京都出身の料理人が営む小さな割烹を訪れた。場所は神楽坂の細い路地の奥で、格子戸に下げられた古びた暖簾が、「ここだよ」とそっと教えてくれるような佇まいだ。引き戸を開けると、ほのかに炭の香りが漂い、七席だけのカウンターが目に入る。
木のぬくもりが落ち着いた空間の中心に、今日の主役が鎮座していた。松茸だ。傘がまだ開き切らず、軸がどっしりとした国産の松茸。その褐色の肌には、産地の土と松林の記憶が宿っているかのようで、見ているだけで胸が高鳴った。
店主が松茸の軸を手で裂く瞬間、私は思わず息をのんだ。繊維に沿って裂かれた断面からは、複雑な香りがふわりと立ち上る。土と松の樹脂、そして干し草のような野趣ある芳香。「いい香り」などという言葉では到底追いつかない。秋の森そのものを鼻先に持ち込まれるような感覚だった。