五月の終わり、東京の小さな魚屋の店頭に「初鰹入荷」の手書き札が揺れていた。
その言葉を見た瞬間、胸の奥でなにかがふわりと灯るような感覚があった。毎年この季節になると、必ず思い出す祖母の台所の記憶。まな板の上で光る銀青の魚体、包丁が入るたびに漂ってくる潮の香り。走り鰹は、私にとって初夏そのものの味だ。
柵を手に取ると、表面はしっとりと濡れた艶をたたえ、赤みがかった桜色の断面が息をのむほど美しい。脂の乗りが控えめな走り鰹は、その分だけ身が引き締まって透明感がある。冬の寒鰹のような濃厚さとは対極にある、清潔な美しさだ。