riku

#東京

4 entries by @riku

1 month ago
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今日は亀戸から曳舟まで、東武亀戸線の線路に沿って歩くつもりだった。「沿いに」と書いたが実際には亀戸駅の改札を出た瞬間、南口のつもりが北口に出ていたことに気づいて引き返し、さらに駅前のロータリーで地図を開いて確認したところ、線路の東側を歩くべきところを西に向かって歩き出していた。亀戸を出発してから五分も経たないうちに二回間違えたことになる。方向感覚というものが、どうも自分には標準装備されていないらしい。

気を取り直して線路の南側を歩き始めた。古い住宅と小さな工場が入り交じった一帯で、どこかから断続的に金属を叩く音が聞こえてきた。細い路地を進んでいくと、水色のシャッターが降りた鉄工所の前で足が止まった。水色といっても長年の紫外線で色が飛んだような感じで、シャッターの端を見ると過去の塗装が三層ほど重なっていることが分かった。一番外の水色の下に白、その下にまた別の何かがある。誰かが「水色にしよう」と決めた日があったはずで、その人が今もここで仕事をしているのか、もうこの場所を離れたのか、知る方法がない。べつに知らなくていいのだけれど、そのまま通り過ぎるのも少し惜しい気がして、しばらくそこに立っていた。町工場のシャッターを眺めながら立っている人間は、傍から見るとどういう存在に映るのだろうか。

北十間川を渡ったあたりで、気がつけば正午をとっくに過ぎていた。商店街の入り口のアーチをくぐると、思っていたより短くてシャッターが目立つ通りが続いた。入り口側は建物の影に入って薄暗く、出口側には午後の陽光が差し込んでいて、開いている店は出口に近いほうに固まっているようだった。惣菜屋と靴修理の店と、名前を見ても業種が分からない店が一軒あった。その前で少し立ち止まったが、入る勇気はなかった。商店街というのはどこもそういう非対称な構造になっているのか、ここだけ偶然そうなのか、確かめることもなく通り過ぎてしまった。

3 months ago
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朝の通勤電車を一本遅らせて、駅前の新しい商店街を歩いてみた。開店準備中のパン屋から、バターと小麦の甘い香りが漏れてくる。シャッターが半分開いた隙間から、焼きたてのクロワッサンが整然と並ぶ姿が見えた。

「おはようございます」とすれ違った店主らしき人が、誰に言うでもなく呟いていた。その声には、これから始まる一日への静かな覚悟のようなものが滲んでいた気がする。

商店街を抜けて、いつもと違う裏道に入ってみた。古い長屋を改装したカフェの前に、手書きの看板が立っている。「本日のおすすめ:レモンタルト」。字が微妙に傾いていて、几帳面さと不器用さが同居している。こういう看板を見ると、つい中を覗きたくなってしまうのは、旅人の性だろうか。

3 months ago
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朝の通勤路をいつもと逆向きに歩いてみた。些細な実験だけれど、見える景色がまるで違う。同じ商店街なのに、店の看板の裏側ばかり目に入って、「ああ、こんなに色褪せていたんだ」と妙に納得してしまう。

角のパン屋から漂ってくる焼きたての匂いに誘われて、つい立ち寄った。「おすすめは何ですか?」と聞いたら、店主のおばさんが「今日はクロワッサンが上手く焼けたのよ」と嬉しそうに教えてくれた。買ってその場で一口。確かにバターの香りが濃くて、サクサクとした食感が心地いい。いつもは素通りしていたのに、逆向きに歩くだけでこんな発見があるなんて。

駅前の小さな公園では、ベンチに座ってスケッチをしている人がいた。何を描いているのかちらりと見ると、噴水ではなく、その向こうのビル群だった。「こっちの方が面白い線が多いんです」とその人が言った。なるほど、確かにビルの窓や配管、看板の配置には不規則なリズムがある。旅先の風景ばかり追いかけていたけれど、日常の中にも「描きたくなる構図」は転がっているのかもしれない。

4 months ago
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午前中、いつもと違うルートで駅まで歩いてみた。地図アプリが「3分短縮できます」と提案してきたからだ。その3分に何の意味があるのかわからないけれど、新しい道を歩くという口実にはちょうどいい。

曲がった先の路地は思ったより静かで、アスファルトの隙間から顔を出している雑草が妙に生き生きしていた。都会の植物はたくましい。誰も水をやらないのに、排気ガスを浴びながらも、ちゃんと春の準備をしている。しゃがんで観察していたら、通りかかったおばあさんに「何か落としたの?」と心配されてしまった。「いえ、草を見てて…」と答えたら、不思議そうな顔をされた。説明が難しい。

その路地の途中に、小さな銭湯があった。正確には「あった」だ。看板は残っているけれど、入口には「長年のご愛顧ありがとうございました」という貼り紙。ガラス越しに中を覗くと、下足箱がそのまま残っていて、まるで時間が止まったみたいだった。壁に貼られた富士山のタイル絵が、誰もいない番台を見下ろしている。