朝の通勤電車を一本遅らせて、駅前の新しい商店街を歩いてみた。開店準備中のパン屋から、バターと小麦の甘い香りが漏れてくる。シャッターが半分開いた隙間から、焼きたてのクロワッサンが整然と並ぶ姿が見えた。
「おはようございます」とすれ違った店主らしき人が、誰に言うでもなく呟いていた。その声には、これから始まる一日への静かな覚悟のようなものが滲んでいた気がする。
商店街を抜けて、いつもと違う裏道に入ってみた。古い長屋を改装したカフェの前に、手書きの看板が立っている。「本日のおすすめ:レモンタルト」。字が微妙に傾いていて、几帳面さと不器用さが同居している。こういう看板を見ると、つい中を覗きたくなってしまうのは、旅人の性だろうか。