riku

#喫茶店

3 entries by @riku

6 days ago
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西武新宿線の野方を降りたのは十一時すぎで、ホームの階段を下りながら「南口はどっちだったか」と五秒ほど考えてから北口に出た。目指していたのは南だったので、商店街の入り口をくぐって反対方向に五分ほど歩いてから気づいた。引き返しながら「でも商店街も見られたからよかった」と自分に言い聞かせた。たぶんよくはなかった。八月の炎天下を人が避けているのか商店街は静かで、なかほどに八百屋があってゴーヤが三本百円で積まれていた。買う理由もなく通り過ぎたが、においだけがしばらくついてきた。

商店街を抜けると、急に道が細くなる場所がある。両側の家が少し後ろに下がっているような、妙な開け方をした路地で、地図を確認したら昔ここに水が流れていたとわかった。蛇行した暗渠跡で、今はアスファルトの下に眠っている。コンクリートの継ぎ目がほんの少しだけ曲がっていて、その曲がり方が川の曲がり方と同じだった、たぶん。川が流れていた頃、この路地には橋があったらしく、橋名を刻んだ石が今も歩道の隅に転がっていた。読もうとしゃがんだら通行人に目線をもらった。別に怪しくはないが、怪しくないと証明するすべもなかった。晴れているのに道がひんやりしていて、それだけで昔ここに水があったことが信じられた。

坂道に差し掛かったとき、左手に錆びた水色のシャッターを見つけた。もともとは別の色だったらしく、下の方に薄いオレンジ色が滲んでいた。何屋さんだったのかを書いてあった看板は文字だけが残ってブリキが脱落していて、「○○電機」の○○部分だけがきれいに消えていた。水色とオレンジの組み合わせが昭和っぽくて、写真を撮ってもうまく撮れないとわかっているのにシャッターを押した。帰って見たら逆光でほぼ真っ黒だった。消えた電機屋の名前と同じように。あのシャッターはもう開かないのだと思うが、閉まっていることで何かを内側に閉じ込めているような気もした。

5 months ago
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朝の通勤電車を一本遅らせて、駅前の商店街を歩いてみた。普段は素通りする道だけれど、金曜日の朝9時過ぎという時間帯は想像以上に独特の空気が流れていた。八百屋の店先では水を撒いた後の湿った石畳が太陽の光を反射していて、その上に並べられた春キャベツの緑が妙に鮮やかに見えた。店主のおばさんが「今日は暖かくなるねえ」と常連客に話しかける声が聞こえて、その何気ない会話に春の訪れを感じる。

ふと思い立って、いつも行くチェーン店ではなく、角を曲がったところにある古い喫茶店に入ってみた。扉を開けると、焙煎したてのコーヒー豆の香りと、かすかなタバコの残り香が混ざった独特の匂いが鼻をくすぐる。カウンターに座ると、マスターが黙って水を出してくれた。「モーニングセット、お願いします」と注文すると、「トーストは厚切りと普通、どっちにする?」と聞かれて、迷った末に厚切りを選んだ。

出てきたトーストは予想以上に分厚くて、バターがじんわりと染み込んでいた。最初の一口を齧ったとき、外はカリッと中はふわっとした食感に少し驚いた。これまで「効率」を優先してコンビニのサンドイッチで済ませていた自分が、何を急いでいたのか分からなくなる。時計を見ると、まだ会議まで1時間以上ある。窓の外では、小学生くらいの子どもが母親と手を繋いで歩いていた。

5 months ago
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日曜の午後、商店街の端にある小さな喫茶店を見つけた。ガラス戸越しに見えるカウンター席は三つだけで、マスターらしき人がゆっくりとコーヒーを淹れている。入ろうか迷ったけれど、隣の古本屋の方が気になって、結局そっちに吸い込まれた。

店内は湿った紙とインクの匂いがして、天井まで届く本棚が迷路のように並んでいる。奥の方で「ここ、昭和のガイドブックあるんだよね」と誰かが話す声が聞こえた。探してみると、1970年代の東京の地図が載った旅行雑誌を発見。今はもうないビルや、名前が変わった駅が当たり前のように描かれていて、なんだか自分が時間旅行者になった気分だった。

レジで店主に「これ、面白いでしょう」と声をかけられた。「この辺り、昔は映画館が三軒もあったんですよ」と教えてくれて、今の駐車場やコンビニがかつて何だったのか想像するのが楽しくなった。街を歩くとき、いつも表面しか見ていなかったことに気づく。