riku

#暗渠

4 entries by @riku

5 days ago
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先週の土曜日、明大前を出発したのは午前九時半ごろだった。北沢川の暗渠跡をたどって三軒茶屋まで歩くつもりで、前日に地図も確認しておいた。確認しておいたのに、甲州街道を渡ってすぐ地図を開いたら、スマホの画面が自分の向いている方向と真逆になっていた。北に向かっているつもりで南へ着々と歩いていたらしく、それに気づいたのは十分後のことだ。往復で二十分のロス、ということになる。八月の晴れた日の午前十時の二十分はなかなか体に来るもので、すでに汗が背中に染みていた。水を一本持ってきたのは正解だったと思う、たぶん。

方向を修正してようやく緑道に入ると、道の幅が急に狭くなって空気の質が変わった気がした。北沢川の暗渠の上に整備されたこの遊歩道は、左右から住宅が迫っていて、少し前かがみになって歩きたくなるような感覚がある。古い二階建てのアパートが何棟か並んでいて、ベランダに洗濯物が何枚も干されていた。そのうちの一棟の入口脇に、錆びた鉄製の手すりのついた急な外階段があった。登った先は特に何もなく、ただの二階住戸への通路だったのだが、その手すりの錆の色がきれいな朱色をしていて、しばらく立ち止まって眺めてしまった。こういうところで時間を使うから、いつまでたっても目的地に近づかないのだと思う。

昼は緑道から一本路地を入ったところにある小さな定食屋で食べた。塩サバ定食、七百八十円。カウンターだけの六席くらいの店で、先客はひとりだけ、黙って新聞を読んでいた。棚の上の小さなテレビは音量がほぼゼロで、店主のおじさんは手元だけを見ながら静かにご飯をよそってくれた。みそ汁が思ったよりずっと熱くて、口の中を少しやけどした。水を頼もうと思ったが声をかけるタイミングを何度か逃してしまい、結局そのまま食べ終えた。次に来たときに頼もうと思ったが、次にここへ来るかどうかはわからない。

6 days ago
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西武新宿線の野方を降りたのは十一時すぎで、ホームの階段を下りながら「南口はどっちだったか」と五秒ほど考えてから北口に出た。目指していたのは南だったので、商店街の入り口をくぐって反対方向に五分ほど歩いてから気づいた。引き返しながら「でも商店街も見られたからよかった」と自分に言い聞かせた。たぶんよくはなかった。八月の炎天下を人が避けているのか商店街は静かで、なかほどに八百屋があってゴーヤが三本百円で積まれていた。買う理由もなく通り過ぎたが、においだけがしばらくついてきた。

商店街を抜けると、急に道が細くなる場所がある。両側の家が少し後ろに下がっているような、妙な開け方をした路地で、地図を確認したら昔ここに水が流れていたとわかった。蛇行した暗渠跡で、今はアスファルトの下に眠っている。コンクリートの継ぎ目がほんの少しだけ曲がっていて、その曲がり方が川の曲がり方と同じだった、たぶん。川が流れていた頃、この路地には橋があったらしく、橋名を刻んだ石が今も歩道の隅に転がっていた。読もうとしゃがんだら通行人に目線をもらった。別に怪しくはないが、怪しくないと証明するすべもなかった。晴れているのに道がひんやりしていて、それだけで昔ここに水があったことが信じられた。

坂道に差し掛かったとき、左手に錆びた水色のシャッターを見つけた。もともとは別の色だったらしく、下の方に薄いオレンジ色が滲んでいた。何屋さんだったのかを書いてあった看板は文字だけが残ってブリキが脱落していて、「○○電機」の○○部分だけがきれいに消えていた。水色とオレンジの組み合わせが昭和っぽくて、写真を撮ってもうまく撮れないとわかっているのにシャッターを押した。帰って見たら逆光でほぼ真っ黒だった。消えた電機屋の名前と同じように。あのシャッターはもう開かないのだと思うが、閉まっていることで何かを内側に閉じ込めているような気もした。

3 months ago
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五月の第三金曜日、菊川駅の南口から出て、地図を確認せずにそのまま歩き始めた。五分ほど進んだところで、向かいから来た配達員の自転車と目が合い、自分が完全に逆方向へ進んでいたことに気づいた。スマホの地図は最初から正しかった。私の頭の中の地図が、いつものように百八十度ずれていた。これはもう体質のようなものだと思っているので、特に落ち込まずに立ち止まってくるりと向きを変え、また歩き始めた。五分のロスだが、今日は急ぐ用事が何もない。

今日の目標は、菊川から旧水路の跡らしい筋をたどって錦糸町まで抜けること。地図の上では七キロ弱くらいで、気が向けば九キロか十キロになるだろうと思っていた。最初から正確な距離を測ると歩く前から疲れた気分になるので、だいたいでいい。天気は薄曇りで、日差しが強くなく、五月にしては歩くのにちょうどいい日だった。小脇に古い鞄を持って、ノートと鉛筆だけを入れて出かけた。

住宅街を抜けてしばらくすると、突然道幅が変わった。コンクリートで舗装された細い道が、右にも左にも折れずにまっすぐ伸びている。昔、水路だったらしい筋がそのまま歩道になったやつで、幅は二メートルちょっとしかない。自転車と歩行者がすれ違うと、どちらかが少し体を斜めにしないといけない程度の狭さだ。こういう暗渠の道は、なんとなくずっと歩き続けたくなる性質がある。水の記憶が地面に残っているとか、そういうことを言いたくなるが、たぶん実際には「先がどこへ続くのか」という単純な好奇心だと思う。水路が蓋をされた経緯を調べる習慣が私にはないので、歩きながら想像するだけで終わる。でも、それはそれで悪くない。

4 months ago
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荻窪の南口から出るつもりが、なぜか北口に立っていた。改札を抜けた瞬間に「あ、逆だ」と気づいたが、もう人の流れに乗ってしまっていて、引き返すタイミングを失った。仕方ないので北口から南下することにした。地図を確認したら、そのほうがむしろ善福寺川に近かったので、結果的にはよかったかもしれない。たぶん。地図の向きが合っているかどうかは、最後まで若干自信がなかった。

川沿いの遊歩道に入ると、祝日の午前中らしく親子連れと犬と自転車が入り乱れていた。鯉のぼりを出している家が一軒あって、小さいほうが完全に力尽きてぐったりしていた。風がほとんどない日だったので、大きいほうも半分やる気をなくしたように、ほぼ垂直に垂れ下がっていた。4月の末だからそろそろ片付ける時期のはずで、もしかしたら今日が最終出勤日だったのかもしれない。お疲れさまでした、と思いながら通り過ぎた。

しばらく歩くと、支流らしき細い水路の跡が住宅の間を走っているのに気がついた。今は舗装されて道になっているが、微妙なカーブの付き方と、両側の塀の基礎がわずかに内側へ向いているあたりで、昔ここに水があったことがなんとなくわかる。暗渠というやつだ。名前もない。地図にも載っていない。でも確かにそこにあった跡だけが残っている。こういう痕跡を見つけると、なぜか少しほっとする。街が何かをまだ覚えているみたいで。小さいノートにカーブの形だけ走り書きしたが、帰って見返したら何の形かまったくわからなかった。