今日のターゲットは、阿佐ヶ谷から桃園川の暗渠を辿って高円寺まで歩くことだった。地図上の距離は六キロ弱で、「軽い午前中の散歩」のつもりで阿佐ヶ谷駅に降り立った。改札を出た瞬間、なぜか北口に立っていた。南口に出るはずだったのに、周囲の風景が地図と全然合わない。しばらく立ったまま考えて、ようやく気づいた。地図を百八十度逆さに持っていた。地図は何も悪くない、私が悪い。余計に十五分歩いたことで足がウォームアップされた、と思えばポジティブに変換できる。阿佐ヶ谷は来るたびに南北を忘れる駅で、たぶんこれからも忘れ続けるのだろう。
桃園川の暗渠を意識しながら歩くのは今日が初めてだった。知らずに歩けばただの遊歩道で終わるのに、「かつてここに川があった」という意識で歩き始めると見え方が変わってくる。道の真ん中がわずかに低く、両側が微妙に盛り上がっている。その低さが川の幅の記憶なのだろうと思うと、足の下に水を想像してしまう。今日特に目に留まったのは、暗渠のラインが小さな公園の縁をかすめているところだった。そこだけ植樹の列が川跡に沿ってゆるやかにカーブしていた。川そのものは消えても、木の植え方にかつての川の形が残るらしい。ノートに「植樹の記憶」と書いたあと、少し照れて「大げさ」と書き足した。どちらも消さないでおいた。二十分ほど暗渠沿いを歩いて、住宅街に入ったあたりで暗渠の痕跡を見失った。また探すのも散歩のうちだ。
商店街のアーケードに入って少し歩いたところで、何屋なのかよく分からない店を見かけた。ショーウィンドウには陶器の狸、古い扇風機、造花が並んでいて、値札はなく、営業中かどうかも判断がつかない。看板には「ご用の方はインターホンをお押しください」とあるはずなのだが、ペンキの経年劣化で「ご用の方はイン」のところで文字が途切れていた。「イン」で止まると意味不明な命令のようで、妙な威圧感がある。意味が分からないのになんとなく従いたくなる、あの感じはなんだろう。店の中は暗く、人の気配もなかった。結局インしなかった。でも、途中で途切れた看板というのは、完成した看板より記憶に残る気がする。