にんにくが油に触れた瞬間、キッチン全体がフッと弾けるような音がした。土曜の朝らしい、静かなはじまりだった。窓の外は曇っていて、世田谷の住宅街には人気がなかった。
商店街の角にある山田屋に寄ったのは九時を少し過ぎたころで、店先に青梗菜の束がきれいに並んでいた。今週のは茨城産で、軸がずしりと重い。店のおじさんが「今日は肉厚でいいよ、よく育ってる」と言いながら袋に入れてくれた。外は少し肌寒くて、野菜売り場の前だけ土と葉の青い香りが漂っていた。帰り道、袋の中で青梗菜が揺れるたびに、その香りがふっとこぼれてきた。家に着いてすぐ、シンクの上で包丁を入れた。ザクッという感触のあと、シャクッと折れて、奥から青くとがった香りが一気に立ちのぼる。この瞬間が好きで、ついしばらく手を止めてしまう。この香りに名前をつけるとしたら何だろうと、よく思う。青さ、という言葉しか浮かばない。
豚の薄切りには前日の夜から紹興酒と薄口醤油を少し揉み込んでおいた。炒める前の下ごしらえだけは、祖母が福井でやっていたやり方をそのまま使っている。「肉は酒を吸ってから焼くものだよ」と教わったのは小学生のときで、意味がわかったのはずっとあとのことだった。肉の臭みが消えて、焼いたときにコクが出る。ただそれだけのことなのに、やるとやらないでは仕上がりがまったく違う。一人分の料理でも、この手間だけは省かない。そうすることで、祖母の台所と少しだけつながれる気がする。