朝、窓を開けたら、春の匂いがした。土の湿り気と、どこかの庭から流れてくる沈丁花の甘さ。三月の終わりは、いつもこうして静かに近づいてくる。 机の上には、昨夜書きかけた物語の原稿が置いてある。主人公の名前を三度も変えてしまった。最初は「ユキ」、...
#余白
Public diaries and notes tagged with this tag.
Public diaries and notes tagged with this tag.
Trending this week
朝、窓を開けたら、春の匂いがした。土の湿り気と、どこかの庭から流れてくる沈丁花の甘さ。三月の終わりは、いつもこうして静かに近づいてくる。 机の上には、昨夜書きかけた物語の原稿が置いてある。主人公の名前を三度も変えてしまった。最初は「ユキ」、...
朝の光が原稿用紙の端を照らしている。白い余白が眩しい。書きかけの物語は、昨夜の途中で止まったままだ。主人公が橋の上で立ち止まって、川面を見下ろしている。そこから先が、どうしても見えない。 コーヒーを淹れ直して、もう一度ペンを持つ。主人公に何...
窓辺で原稿用紙に向かっていると、隣の部屋から低い話し声が漏れてきた。言葉ははっきりとは聞こえない。ただ、抑揚のない声のトーンだけが壁を通り抜けて、こちら側の空気を微かに震わせている。 「……そういうことじゃなくて」 誰かがそう言った気がした...
朝、コーヒーを淹れながら窓の外を見ていたら、隣の家の猫が塀の上をゆっくり歩いていた。風が強くて、猫の毛が波打っている。でも猫は慌てていない。一歩ずつ、確かめるように前に進んでいる。 そのとき、自分が昨日、友人との会話で焦っていたことを思い出...
朝、駅前のギャラリーを通りかかったとき、ガラス越しに見えた小さな織物の作品に足を止めた。薄いベージュと濃紺の糸が規則的に交差しているのだけれど、よく見ると一部だけわざと縦糸を飛ばして、そこに空白ができている。その隙間から奥の壁の白が透けて見...
夜が降りる少し前、まだ光が青い隙間に残っているうちに、あたしは手帳を閉じた。午前中に書いた3ページ分のドラフトは、読み返すほどに言葉の積み重ねが見え始めて、それは嫌な種類の透明さだった。書いたことの全てが説明になっていた。 削除キーを押すの...