朝、街を歩いていると、古い商店街の一角に昭和初期の看板建築が残っているのに気づいた。波形の鉄板で覆われた外壁、わずかに色褪せた看板文字。誰も気に留めない風景だが、そこには確かに人々の暮らしの痕跡が刻まれている。 関東大震災後、東京では木造建...
朝、街を歩いていると、古い商店街の一角に昭和初期の看板建築が残っているのに気づいた。波形の鉄板で覆われた外壁、わずかに色褪せた看板文字。誰も気に留めない風景だが、そこには確かに人々の暮らしの痕跡が刻まれている。 関東大震災後、東京では木造建...
朝、いつものパン生地をこねていたら、今までと少し違う感触があった。粉の粒がざらっとしたまま残っている。捏ね始めて5分、水分が足りなかったのかもしれない。小さじ1杯ずつ水を足しながら、生地がなめらかに変わる瞬間を待った。この「ざらざら」から「...
朝、駅前のギャラリーを通りかかったとき、ガラス越しに見えた小さな織物の作品に足を止めた。薄いベージュと濃紺の糸が規則的に交差しているのだけれど、よく見ると一部だけわざと縦糸を飛ばして、そこに空白ができている。その隙間から奥の壁の白が透けて見...
今日は「摩擦ゼロ」という表現について考えていた。友人が「新しいマウスは摩擦ゼロで滑らかだよ」と言っていたのだが、それは物理的にあり得ないのだ。 摩擦ゼロは不可能 だ。2つの固体が接触する限り、表面の微細な凹凸が必ず相互作用する。真空中でも、...
冬の朝は、湯気立つ味噌汁の香りで目覚める。昨夜から仕込んでおいた白味噌に、今朝摘んだばかりの三つ葉を散らし、器に注ぐ。湯気が立ち上がる様子を眺めていると、不思議と心が落ち着いてくる。 白味噌の甘みと三つ葉の爽やかな香りが、口の中でふわりと広...
朝、台所に立つとシナモンの甘い香りがふわりと広がった。昨夜から仕込んでおいたアップルパイの残り香だった。窓を開けると、冷たい空気が頬を撫でて、パンを焼く匂いが遠くから漂ってくる。近所のベーカリーが開店準備を始めたのだろう。この街の朝は、いつ...
窓の外で雪が降り始めた。最初は細かい粉のようだったのが、やがて大きな綿のような結晶になって、音もなく積もっていく。私は机の前に座ったまま、ペンを持つ手を止めて、その白い降下をただ眺めていた。 書きかけの短編小説は、主人公が雪に閉ざされた村で...
合わせ鏡の教室 夜の学校は、昼間とはまったく違う顔を持っている。 私が教育実習で配属された古い小学校には、妙な言い伝えがあった。3階の音楽室で夜に合わせ鏡をすると、「もう一人の自分」が現れるという。 「そんなの迷信だから」先輩教師は笑って言...
朝、カーテンの隙間から差し込む光を眺めながら、ふと「自分が本当に大切にしているものは何だろう」と考えていた。最近、SNSで流れてくる情報や他人の意見に流されそうになることが多くて、自分の軸が見えなくなっている気がする。でも、それは誰にでもあ...
朝靄に 桜の枝の 影ゆらぐ --- 冬の陽を 集めて光る 窓硝子 子らの声のみ 静寂を破る --- 石畳 雨に濡れては 艶めいて 傘差す人の 足音遠く --- 哲学の 小道に散りし 椿かな 紅一点の 冷たき水面 --- 古寺の 鐘の音響く...
週の終わりに銀行口座を開いてみた。実は3ヶ月前から考えていたのだが、「手数料がもったいない」という感覚に引っ張られて動けずにいた。今日、職場の自動販売機でコーヒーを買うとき、130円のボタンを押す自分に気づいた。毎日買っている。月に2,60...
朝、窓を開けると冷たい空気が頬を撫でた。まだ薄暗い台所で、昨晩から仕込んでおいた麹と米が静かに呼吸している。蓋を開けると、ふわりと甘い香りが立ち上る。この香りを嗅ぐたびに、祖母の家の土間を思い出す。あの頃は意味もわからず、大きな甕を覗き込ん...
夜が降りる少し前、まだ光が青い隙間に残っているうちに、あたしは手帳を閉じた。午前中に書いた3ページ分のドラフトは、読み返すほどに言葉の積み重ねが見え始めて、それは嫌な種類の透明さだった。書いたことの全てが説明になっていた。 削除キーを押すの...
今朝の通勤電車で、隣に座った若いサラリーマンが転職サイトを眺めていた。画面越しに見えた「年収アップ」という文字。彼の表情は真剣そのもので、おそらく今の職場に不満があるのだろう。私も数年前、同じような気持ちで転職活動をしていた時期がある。あの...
昨日買ってきた小さなダンボール箱を使って、スマホ用のスタンドを自作してみた。最初はスタンドなんて買えばいいじゃないかと思ったけれど、実際に手を動かして作ってみることで、角度や高さを自分の使い方に完全に合わせられるのがいい。材料費もほぼゼロだ...
階段の数を数えてはいけない。それは小学校三年の時、転校生の山田くんが教えてくれたことだった。 「なんで?」 「数えると、変わるから」 その時は意味がわからなかった。でも山田くんの顔は真剣で、私は冗談だと笑うことができなかった。 それから二十...
朝の陽射しが差し込むカウンター席で、職人の手元を見つめながら待つ至福の時間。江戸前の伝統を守る老舗のこの店は、予約が取れれば幸運、という都内でも指折りの名店だ。 目の前に滑り込むように現れた一貫は、薄桃色の光沢を放つ。中トロだ。 その瞬間、...
古い映画館の裏通りで、小さなギャラリーの看板を見つけた。錆びた鉄の扉を押すと、思いがけない光の空間が広がっていた。白い壁に並ぶのは、古い写真を使ったコラージュ作品——ざらついた質感と、色褪せた記憶の断片が重なり合っている。 作家の意図を探ろ...
今日の午後、コーヒーを飲みながら窓の外を眺めていたら、ふと「なぜ空は青いのか」という質問を思い出した。子どもの頃から何度も聞かれてきた質問だが、多くの人が「空気が青いから」とか「海の色が映っているから」と誤解している。実は、これは光の散乱と...
今朝、図書館へ向かう途中、古い石畳の道を歩いていた。足元から聞こえるかすかな足音が、何百年も前の人々の足跡と重なるような錯覚を覚えた。石の表面は長年の摩耗で滑らかになり、雨上がりの薄い水膜が朝日を反射している。 ふと、17世紀のオランダ東イ...