朝、窓辺でノートを開いたとき、インクが薄れていることに気づいた。万年筆のカートリッジが切れかけていて、文字がかすれて消えそうになる。それでも書き続けた。物語の終わりが見えない登場人物のように、私も次の一行を探していた。
外からは雨音。三月の雨は冬の名残を洗い流すように、窓ガラスを叩いている。その音を聞きながら、ふと思い出したのは去年読んだ詩集の一節だった。「雨は言葉を連れてくる」。誰の詩だったか思い出せないが、その言葉だけが残っている。
昼過ぎ、書きかけの短編を読み返して、大きな間違いに気づいた。主人公の動機が曖昧すぎる。読者に想像の余地を残そうとして、逆に何も伝えていなかった。削除キーを押す前に、一度立ち止まった。もしかしたら、この曖昧さこそが必要なのかもしれない。完璧な説明よりも、読み手の心に残る余白。それを信じてみることにした。