荻窪から高円寺まで一本道で行けると思っていた。スマホで経路を確認するまでもない、と慢心して、とりあえず駅を出た。出た瞬間に方向感覚がなくなった。スマホの地図を開いて、青い矢印が自分の向きと合わないまま一分ほどくるくる回ってみた。ようやく、南口から出るべきところを北口から出ていたと気づいた。地図を逆さに持っていたわけではないが、効果としてはほぼ同じだった。来た道を戻って南口へ出直す。最初の十分がそれで終わった。
七月の善福寺川沿いを歩く。朝九時をすぎてもう蒸していて、コンクリートの護岸がじわりと熱を発している。日陰を選びながら進むと、自然とびくびくした歩き方になる。川は細くて、水は澄んでいるのか濁っているのかよく分からない速さで流れていた。河川というより、水が細長いスペースをおとなしく占拠しているという印象だ。カルガモが一羽、特に急ぐ様子もなく対岸へ移動した。それを見送って、また歩く。川沿いの道は自転車が多くて、たまにベルを鳴らされながら端に寄る。こういう歩き方が正直、わりと好きだ。
しばらく進んだところで、古いクリーニング店の看板が目に入った。「クリーニング」という白抜きの文字だけはまだはっきり読めるのに、屋号を書いてあったはずの部分がほとんど白く褪せてしまっている。四角い枠の錆だけが残っていて、かつてそこに何か誇らしげな名前があったことだけが分かる。いまは名無しのクリーニング店として、それなりに堂々と立っている。自分の名前を風雨に返しながら、それでも業種だけは守り続けているという感じが、妙に好きだった。鉛筆でノートにその輪郭を走り書きしてみたが、うまく写せなかった。