冬の朝、白い息を吐きながら辿り着いた路地裏の小さな蕎麦屋。暖簾をくぐると、出汁の香りが一気に鼻腔を満たす。昆布と鰹の深い旨味が、冷えた体を内側から温めるように迎えてくれた。
カウンター越しに見える主人の手元では、真っ白な蕎麦粉が水を含んで徐々に生地へと変わっていく。その手つきは静かで、しかし迷いがない。何十年もこの動作を繰り返してきた職人の所作だけが持つリズムがそこにあった。
運ばれてきた「もりそば」は、驚くほどシンプルだった。竹ざるの上に整然と並んだ蕎麦は、細すぎず太すぎず、艶やかな灰色がかった緑色。箸で持ち上げると、しなやかに垂れながらも、適度な張りを保っている。